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山羊座の特徴を考えるとき私が一番に思いつくことは、山羊座は秩序を求め自ら作り出すということです。

それは、たとえば社会的に維持されている秩序など他者が作ったものとは違い、自分の感覚から生まれる固有の秩序であり、ものごとのあるべき姿の全体像のようなものだと私は考えています。

そして山羊座はその秩序を土台に自身の最高の到達点に登り詰めようとするので、この土台を揺るがす混沌や理不尽さには強い怖れを持ちます。

今回は山羊座の太陽を持つマティスとセザンヌの絵画を題材に、この秩序への欲求と混沌への恐れについてお話ししてみたいと思います。

まずはこのマティスの作品をご覧ください。

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精緻な人物や風景を描く画家もいるなか、マティスの作品は一見するとその場の思いつきでぐいぐいと描き進めているような印象を受けます。

しかし、私がこの作品の前に立ったとき、マティスが感覚的に絵筆を走らせていることと同時に、その感覚が発動される以前、つまりはキャンバスに向かっていない時間には絶え間ない研究や努力がなされているのではないかということを強く感じました。

実際、マティスはこの作品を制作するにあたりダンスホールへ足を運び、踊っている人体の躍動感をつぶさに観察したとされています。

また、作品の制作そのものの概念についてマティスは、
「私の考えでは、表現というものは、人間の顔面に反映する情念や激しい身振りによって示される情念から成り立っているものではない。私の作品の全体の構成が表現的なのだ。人物や事物が占めている場所、それらを取り囲む空虚な空間、釣り合い、その総てが役割を果たしている。」と述べています。

山羊座的に語るならば、マティスの構成に対する考え方は彼にとっての固有の秩序であって、それを土台に迷いのないタッチや、下の作品にも見られるような独特の色彩感覚が使われていると言えるでしょう。

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次にセザンヌの作品をいくつか見てみましょう。

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セザンヌの作品を見ると、絵の中の全てのものはそれぞれこの場所に配置されていなくてはならず、この色で描かれていなくてはならない、というような全体の関係性に彼の芸術的必然性があるという印象を受けます。

セザンヌ自身も感覚の実現ということを芸術のスローガンとして掲げていましたが、セザンヌの意図する感覚について、京都国立近代美術館主任研究員などを歴任した永井隆則氏は著書「セザンヌ 生涯と作品(2012年)」の中で、

『自然がもたらす網膜への色彩の刺激=「彩られた感覚」と、そのままでは無秩序な自然から得た感覚を統御して秩序ある関係性へと構築する「彩る感覚(芸術的感覚)」である。それらは、それまでの視覚的記憶を一切忘れて、自らの力で見て、感じ、構築することのみから得られるもので、そこに「絵画の真実」があるとセザンヌは信じた。』

このように表現しています。

そして、この「自らの力で構築する」ということへの欲求こそが、裏を返すと山羊座の持つ、混沌への強い恐れを表わしていると言えるでしょう。

上の3点や次のものも含めて、特に暗い色調が用いられているセザンヌの作品からは、簡単にはぬぐいされない不安感や寂寥感が感じられます。

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それは、たとえば仕事や人間関係、自身の将来などについてというよりももっと山羊座的に本質的なもの、まさにものごとがあるべき姿から失われ、混沌状態に飲み込まれることへの恐れが由来なのではないでしょうか。

万物は失われてゆくものであって、それもときにはさしたる理由もなく理不尽に失われていきます。

本来、世界とはこのような混沌としたものではあるものの、山羊座がこれまたいつかは失われてゆくその時々の社会の中で登りつめようとするとき、たとえかりそめのものであったとしても土台となる、自身に固有の秩序が必要になります。

そして、その秩序には自身の感覚以外に、妥協や他人が作った秩序などの混じりっけがあってはなりません。まさにセザンヌの作品には何も足すものもなければ何も引くものがないのと同じようにです。

具体的に言えば、カルタ遊びをする男たちの平穏な時間も、維持されてきた夫人との関係性も、これらを描いた画家自身の芸術的感覚でさえも、次の瞬間にでもさしたる理由もなく失われてしまうかもしれません。

それがゆえに作品の中では、ひとつひとつの対象物やその関係性、空間全体が画家自身の感覚の中で完全に構築されている必要があり、さらに、混沌とした世界の中の芸術という枠組みの中で登り詰めるためには、自身が作り出すその秩序の純粋性を保つことが必要になるのです。

マティスはそのオリジナリティゆえに数限りない批判を浴びましたし、セザンヌはサロンに9年連続で落選し続けました。

しかし、両者とも自身に固有の秩序作り上げその純粋性を保ったことにより、自身の芸術的な最高の到達点に登りつめ、現在ではそれぞれ「色彩の魔術師」「近代絵画の父」と呼ばれています。

絵画のタイプは違いますが、彼らの「構成」や「構築」という言葉の意味に着目すると、この両者の作品には秩序への欲求という山羊座の特徴が共通して見受けられるということです。

 

この記事を書いたひと

丸尾陽介
会社経営のかたわら、2015年より心理占星術を学んでいます。
2016年には国内外で延べ70館以上をまわった趣味の美術館めぐりがきっかけでこの記事を書いています。
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丸尾陽介

会社経営のかたわら、2015年より心理占星術を学んでいます。 2016年には国内外で延べ70館以上をまわった趣味の美術館めぐりがきっかけでこの記事を書いています。