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天秤座では知性によって世界を俯瞰し、その中で自分の価値観を発信していくことによって多様な人々と調和的な関係を育むことを学びました。

相互関係の最終段階で水のエレメントの蠍座では、意見交換という風の軽やかさを超えて、他者と深く融合することで自らが変容し、自分だけでは成し得なかった、全く新しい価値を生むことが目標となります。

2つの支配星である火星と冥王星は、まだ見ぬ新しいものへの欲求と、他者との融合へのコミットメントの深さ、いわば自分の存在を投げうってでも他者との一体化を目指すような底知れぬエネルギーや執念のようなものを象徴しています。

強い欲求とコミットメントが引き入れる他者の存在は、まるで岩盤を掘り進んでいくように、自分の既存の価値観を次々に打ち破ります。

そしていよいよ自分と他者との境界線という最後の岩盤を突き破ったとき、固定のモダリティが象徴する、自分の奥底にある独自性が姿を現し、これまでに取り入れた他者の存在とともに、相互関係や社会へと全く新しい価値を見せてゆくのです。

創造活動においても蠍座は、未知なる体験を求め、外部からの影響や刺激を自らの内に取り込んでいきます。

しかし、それは模倣という表層レベルのことではなく、今の自我を手放すことで、まだ見ぬ新しい創造性を手に再生することを望んでいるからこその行動です。

それゆえ蠍座の表現は、既存の世界には存在しない独自性と革新性を持ち、自己存在をかけたコミットメントから生まれてくるために、一個人を超えた限りないエネルギーと創造力を持ったものになるのです。

今回は蠍座の太陽を持つクロード・モネの作品と人生を題材に、蠍座が求める自己変容と、奥底から湧き出る限りのない創造性ということについてお話してみたいと思います。

まずはモネの作品を何点か見てみましょう。

モネの作品から「印象派」という言葉が生まれたように、写実的な描写ではなく、目に映る光と空気の瞬間的な印象が色彩豊かに描かれています。

モネは幼少期をフランス北部の小さな港町で過ごし、学校の教育には全く興味が持てなかったために中学校も途中でやめてしまいますが、絵画には才能を見せ、17歳のころにはすでに下のようなカリカチュア(風刺戯画)で結構な額お金を稼ぐようになっていました。

そしてモネは、自分のカリカチュアを売っていた店で、同じ町を拠点する、すでにパリなどで経験を積んでいた風景画家のウジェーヌ・ブーダンと出会います。

後にモネは「自分が画家になれたのはブーダンのおかげだ。彼によって私の眼は開かれた。と語っていますが、この出会いを経て、モネの変容と創造の画家人生が本格的にスタートしていきます。

ここでブーダンの作品を見てみましょう。これは2人が住む町の対岸にある海水浴場の風景ですが、のちの印象派の基礎となる特徴がはっきりと見受けられます。

この時代の通例では、風景画でさえアトリエで描かれるものでした。

そもそも風景画とは、アカデミーが教える伝統的価値観からすると、神が造りし世界の美しさを賛美するために理想的な風景を概念的に再構築して描くものであり、個人の視覚や感性による印象などは必要なかったゆえに、いわば“風景画風”の作品を室内で描くものでした。

しかし、モネが生まれた1840年頃にはチューブ入りの絵の具が開発され持ち運びが容易になったことや、旧態依然の考え方にとらわれず見たままを描こうという近代的な考えが生まれたことにより、外光派と呼ばれる戸外での制作をする画家が現れてきました。

ブーダンもその一人で、彼はモネを戸外での制作へと連れ出し、対象への主観的な印象を見出し、その場で描くことを教えました。

実際、ブーダンの作品を見ると、細かなディテールや正確な描写などではなく、その風景を見た時の瞬間的な記憶や印象のようなものが描かれているように感じられます。

この頃、モネが地元の展覧会へ出品した作品が、こちらです。

日常の何気ない風景をそのままに描いているところはブーダンの教え通りでもあり、自然豊かな場所を選んでいるところは、後の睡蓮の連作などへとつながる、自然への強い愛着がすでに生まれているのかもしれません。

モネは25歳にして、これに近いスタイルの風景画でサロンに入賞し一定の評価を受けますが、進取の気性に富む彼は、次にエドゥアール・マネの作品に心奪われるようになります。

マネの作品と、モネの作品を連続して見てみましょう。

この作品がマネ、

次の2点がモネです。

まず、マネの作品に関して、林の中の裸の女神という神話をベースとした構図自体はルネサンス期のイタリアの巨匠たちも使っていた古典的なものですが、ここでは女性も男性も同時代的な人物として描かれているという革新性がありました。

風景の中に当世風の人物を描くというかつてない試みに魅せられたモネは、自分も同様の作品の制作を始めましたが、1枚目の作品は完成させることができず、2枚目のほうはサロンに出品したものの落選という憂き目にあいました。

それでもモネは、マネという個性を自分に取り入れることによって、今までの自分にもマネの絵画にも存在しなかった、今後の彼と印象派の画家たちにとって重要な“光”という新しいテーマを見つけます。

美術史家で国際的に活躍するキュレーターのクリストフ・ハインリッヒ氏は、この2枚目の作品について、次のように記しています。

この絵には命がある。だが人物像の命ではなく、影の命、光による命である。大胆な強いコントラストの中に、戸外の自然の光と影の中に、これまで決して存在したことのなかった新鮮さで人物像が据えられている。これに比べると、マネの「草上の昼食」の人物は写真スタジオのセットの前で描かれているように見える。おそらくモネ自身にも、この画で初めてそれがはっきり見えたに違いない。つまり、モネは自分のテーマをつかんだのだ。それは光である。
モネ」 クリストフ・ハインリッヒ著より

氏の指摘通りモネの2枚目の作品には、明らかな太陽光と影とのコントラストが見られ、彼にとっては生涯のテーマが他者との融合によって生まれてきたところは、まさに蠍座的な新しい価値の生み方だと言えるのではないでしょうか。

これ以降、モネは光のある一瞬を捉え表現するという試みを進めるために、西洋的な遠近法を捨て、対象物の形態さえあまり重要視しなくなりますが、この変化にも、ある2人の画家のスタイルを取り込んでいることがうかがえます。

色調が明るくなった次のモネの作品では、草花の色彩の鮮やかさと光と影のコントラストが美しく、平面が強調された構図は緊張感を緩め、海辺の優雅な時間を感じさせます。

この作品はモネ自身が、「旗のある中国絵画だ(この時代、中国と日本はよく混同されていました)」と語っていたように、次の葛飾北斎の浮世絵を見れば、ここから平面的な構図を取り込んでいたことは一目瞭然です。

モネの作品へのジャポニズムの影響はかねてから指摘されていて、彼の自宅のダイニングルームの壁はこの北斎の作品などの浮世絵で埋め尽くされていましたし、後の睡蓮などの連作にしても、連作という概念自体が北斎の「富嶽三十六計」などが由来だと言われています。

次の作品では、刻一刻と変化する光の姿を捉えるために、目で見た風景そのものではなく、光を含めたその風景が自分の内に入ってきたときに感じた印象を描こうという試みがなされていて、あらゆる対象物は形態の明確さを失っています。

この作品こそが「印象派」の名前の由来となった「印象、日の出」という題名のもので、これを描く少し前、モネは兵役から逃れるためにロンドンで逃亡生活を送り、イギリスの風景画家、ウイリアム・ターナーの作品と出会っています。

構図や光の効果が何よりも優先されているところはかなり類似していますが、モネは印象を描くこと、すなわち光を感じたときに自分の内で感じたものを描くという、あくまで内的なイメージの現実化にフォーカスしている点で新しさを生み出していると言えるでしょう。

ロンドン大学等で教鞭をとった美術史家のカーラ・ラックマン氏も、モネを含めこの時期に印象派と呼ばれ始めた芸術家たちの取り組みついて、次のように語っています。

芸術家たちは眼で見たものを描いていたのであって、すでにそこにあると知っていたことを描いたのではなかった。それは知覚であって、外観ではなかった。(中略)「印象」とは、したがって、本質的に内面的で個人的な、ある特定の主題のカテゴリーであり、ある場所ではなくある場所の体験を表現する。
モネ」 カーラ・ラックマン著より

モネの未知への欲求は、色彩にも革命を起こします。

伝統的な絵画では、色彩は「固有色」と言われる対象自体が持つ色を基本として、光はその色彩に明暗や立体感を与えるものとされていました。

しかしモネは、個人の体験を表現する印象派の試みの中で、光の当たり方によっては目に見える色彩自体が変化することを見出し、固有色を超えて、その瞬間だけの印象を捉えた、鮮やかでライブ感のある絵画を生み出しました。

そして、この頃になると、モネは他の画家からの直接的な影響を離れ、目にした対象物そのものを内に取り込む刺激としているように感じられます。

モネはよく、「盲目だったはずが突然見えるようになり、目の前のものが何かさえ知らないまま絵を描き始める」ことを想像したそうですが、この時期には、価値判断を挟まない無我の境地で対象を観察することで、色彩に関する自分の先入観や固定観念を手放していったのかもしれません。

印象派の考え方とは目の前の風景を説明的に描くのではなく、固有色を超えた瞬間の印象を表現するために、ある意味より現実的であるとも言えますし、個人の体験であるだけに主観的であるとも言えます。

次なるモネの試みは、さらに主観度を増していくというものです。

対象物を観察し、内的な体験としてその印象を捉え、そこに、たとえば感情や自分の世界観の投影というように印象を超えた主観をプラスしていくという、象徴主義的なスタイルへの変遷です。

そのことをよく表しているのが、こちらの作品です。

これはモネの妻カミーユが息を引き取って間もない瞬間を描いた作品で、彼女の姿はいまにも存在が消えゆくように描かれています。

しかし、物質としては失われてゆくものの、モネがこの瞬間と彼女とを心の中に閉じ込め、その奥底では生死を超えた2人の一体化が行われているような印象があります。

最愛の妻であるために主観が入り込むのは当然かもしれませんが、対象物の観察とその印象だけでなく、そこで自分は何を感じるのかということが、非常に強く表れた作品のひとつです。

主観が入ってきたことで、これ以前の作品と比べると色彩も形態も現実の光景からは離れたものになっていますが、ここからのモネ作品では、自分と対象物とが混然一体となる彼の内的世界がより強く投影されるために、対象物の融解度はさらに上がっていきます。

その後、モネは自身が亡くなるまでの40年以上を過ごすジヴェルニーという小さな田舎の村へと居を移し、以後の作品の対象となる池、川、草花などの自然に囲まれた生活が始まります。

彼のモチーフとなったのは主に人の手で整えられた庭の風景ですが、それでも水や植物、小動物などはお互いに深く結びついていて、モネはそこに自然が持つ理想的な相互作用の姿を見出します。

そして、自然への心からの憧憬によって、有名な睡蓮の連作は、光、水、植物、そしてモネ自身もお互いに溶け合ってゆくかのような作品群として描かれていきます。

睡蓮は判別できますが、その他の部分は水面なのかそこに映った空なのか、または水中の水草なのかもわからないほど、すべてのものが融解しているように見えます。

モネの視線も水面とかなり近く、対象物を客観的に認識しているというよりは、自分も含め万物の混然一体となっている姿を描いているかのようです。

さらに、この連作は楕円形の部屋の側面を埋め尽くすように展示されていて、部屋の中央から見るとその大きさゆえに1枚の作品すべてを視野に入れることができず、鑑賞者も水を中心にすべてが融合している世界に含まれている感覚になります。

作品、対象物、作者、鑑賞者、すべての境界線が失われ、部屋全体がモネの内的世界の投影とも言えるこの瞑想的な作品に関して、彼自身は次のように述べています。

壁の長さいっぱいに、壁面全体を一つに包み込むような装飾画は、どこまでも無限に続くひとつの空間の、水平線も岸辺もない波の幻影を生み出すだろう。過労で疲れた神経は、心を落ち着かせるようなその静かな水に導かれ、水と一体になって休められるだろう。
前出 「モネ」 カーラ・ラックマン著より

そして、他者や自然物との融合の果てに、モネの奥底から全く新しい独自性が沸き上がってきていると私が感じているのが、最晩年のこれらの作品です。

 

これがモネの絵かと目を疑う筆致や色遣いの激しさがあり、睡蓮の作品と同じように対象物は原形をとどめないほどに溶解していますが、静かな水の世界とは全く異なる、噴き出すような強いエネルギー感があります。

まるで現代の抽象芸術のようですが、単なる色覚表現とは全く違う内的な必然性があり、この当時、老齢のために画材さえ自分で運べなかったモネが、これほどの爆発力と先駆性を持った作品を生み出したことには、驚きを禁じ得ません。

これこそがまさに、自然物と一体化し、それによって限界のないエネルギーとかつてないオリジナリティが姿を現すという、蠍座だからこそ為せる“死と再生”のような創造のプロセスではないでしょうか。

モネも自らの芸術の到達点について、次のように語っています。

私の唯一の功績は、私が本能にしたがっていることにある。私が取り戻したこれらのすぐれて直感的で神秘的な力によって、私は創造と一体化し、これと融合することができた。そして、私は抽象および現実と結びついているイマジネーションの最終地点に到達したのである。
クロード・モネ」 カリン・ザークナー=デュヒティンク著より

モネはこの作品の制作から数年で亡くなってしまいますが、前半生には印象派の旗手として近代芸術の扉を開け、大壁画に囲まれる「睡蓮の間」は世界初のインスタレーション作品であり、後年の作品群はのちの抽象芸術に大きな影響を与え、彼の変容がもたらした革新性はとても一人の人間の所業とは思えないほどのものがあります。

日本でもモネの生前からコレクターが育ったために、国立西洋美術館をはじめ多数の美術館が彼の作品を所蔵していて、中でも自然光のもとで睡蓮の巨大画を5点見ることができる直島の地中美術館は、国内外から多くのモネ愛好家を集めています。

生涯を通じて他者や自然と融合することで自らを変容させ、未知のものを体験しようとする本能的な欲求。

統合

自分の全存在をかけたコミットメントが一個人という範疇を突き破り、心の奥底から生まれてくる革新性と独自性。

モネの生涯と作品からは、他者との相互関係によって自分を掘り進め、何度も生まれ変わるかのように新しい価値を生み出し続ける、蠍座ならではの無限の創造性が見られるのではないでしょうか。

この記事を書いたひと

丸尾陽介

会社経営のかたわら、2015年より心理占星術を学んでいます。

2016年には国内外で延べ70館以上をまわった趣味の美術館めぐりがきっかけでこの記事を書いています。


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会社経営のかたわら、2015年より心理占星術を学んでいます。 2016年には国内外で延べ70館以上をまわった趣味の美術館めぐりがきっかけでこの記事を書いています。