ドビュッシーは、20世紀初頭に活躍したフランスの三大作曲家のうちの一人です。音楽における印象派とも称され、「二つのアラベスク」「月の光」(ベルガマスク組曲より)、などのピアノ曲のほか、歌曲、管弦楽曲、オペラ「ペレアスとメリザンド」など、多数の作品を残しました。

 

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出典:officiel-galeries-musees

 

 

ドビュッシーの音楽。 それは、次にどんな音がやってきて、そこからどう展開するのかというこちらの予想を、いい意味で裏切ってくれるのです。 不協和音や、古典的な音楽とは異なる音の連なり、大胆で自由なリズムが刻まれ、それは正統的、伝統的ではないけれど、とても洗練され、聴く人の心を奪ってしまうような魅力があります。

 

明確なメロディーや、規則的な形式というものがなく、短い音が積み重なって、描かれているような音楽。 それは一筆一筆、いろいろな色彩で埋められて描かれた、絵画のようでもあります。時に謎めき、ぼんやりとあいまいで、憂鬱さがありながら優雅で甘美な音色。彼の作品を聴くたび、流れるような無数の点描の世界に引き込まれます。

 

ドビュッシーのチャートからそんなパレットの色合いが見えてくるのでしょうか。

 

ドビュッシーの太陽、それは燃え続ける不動の火のエレメント、獅子座にあります。 そして月は感情によって揺れ動き、受容をなによりも大切にする蟹座です。 これは隣り合うサイン同士の葛藤、矛盾が混ざり合った組み合わせです。

 

アセンダントは太陽と同じく獅子座。 彼自身は気難しく、内向的で、非社交的であったといわれますが、周囲の人から見た彼の肖像は独特の存在感があったのではないでしょうか。彼の背後に感じられる炎は常に輝き、良くも悪くも存在を周りに知らしめ、時に強く圧倒し、そのため孤独を感じることも多かったかもしれません。

 

音楽もまた、周りを惹き込む力があります。 現実とは切り離された、夢想的な空間。 古典的音楽からは遠い、音の成り立ちとリズム。 透明感のある旋律だけれど、どこかあいまいさを感じさせ、 幻の世界の中であるにもかかわらず、確かな存在感があるのです。

 

火のエレメントが示す、個の力。 人と情報を、感情を共有するよりも、自分という炎を高く大きく燃やす力。 その炎を勢い強めることで、自分の大切な世界を他のものから守っている。

この独特の世界観を、完璧に作り続けたのは、この燦々と輝く孤高の獅子座太陽だからこそなのだと思います。

 

そして蟹座の月。 作曲家になっていなかったら、船乗りになっていた、と答えたドビュッシー。海はいつでもすぐ近くにあり、揺れ動く自分を受け止めてくれたのでしょう。後に交響詩「海」という作品も書き上げました。 月は火星とスクエア、土星とのセクススタイル。

 

また太陽の隣に並ぶ水星は乙女座にあり、太陽以外との接点を持ちません。 感情が刺激されやすい環境の中、保護され育っていった幼少期が感じられます。そして活発なコミュニケーションを学ぶはずの水星期は、人とのやり取りではなく、自分の太陽を表現するための技術であるピアノを学ぶことに専念したのです。

 

ドビュッシーの家庭は貧しく、8歳の時に父親が投獄され、小学校で教育を受けることができませんでした。伯母に養育される中、ピアノのレッスンの機会が与えられます。 しかし、詩人ヴェルレーヌの義母との縁で、彼女によって音楽の才を見抜かれ、熱心な教育により、10歳という若さでパリ音楽院に入学しました。

才能を開花させた彼は毎年コンクールで受賞しますが、次第に受賞できなくなり、両親から失望の言葉をあびせられる苦しい出来事もありました。これは蟹座の月にとって、大きな痛みとなったのだと思われます。

 

そして、この蟹座の月と獅子座の太陽はそれぞれ支配星に回帰しています。

誰からも受容されたいと願う強い欲求が、奥底からドビュッシーを支配し、そのため受け入れられなかった失望感と悲しみから、自ら殻を固く閉ざしてしまった少年時代の原風景は、そのまま大人となっても心の中に刻まれたのだと思えます。ドビュッシーは非社交的で内向的、人よりもシャム猫に愛情を注いだ、という逸話もあります。 それだけ、純粋な欲求が彼の大きな部分を占めていたのでしょう。

 

人間としての健全な欲求はいつしか、自分を守るために形を変えてしまったのかもしれません。 けれども人生を自分の力で輝かせつづけようとしたその強い意志のもとで、作り上げられた作品は、衰退した文化、荒廃した風景といった、明るい光や、希望を抱かせるような印象とは真逆の影の美しさといったものも含み、私たちを、豊かな色彩の世界に惹き込むのです。

そして自由でもあるけれど孤高の獅子座の輝きと哀しさが、音楽からも感じられるのは、理解されたい思いと、誰にも束縛されず自分を貫きたいという願いの狭間にある、無数の点描がそれを支えているからかもしれません。

 

ドビュッシー「ベルガマスク組曲」(「月の光」は7'45~から)

 

 

クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy)
1862年8月22日フランス、サン・ジェルマン=アン=レーに生まれる。

8歳からピアノを習い、10歳の若さでパリ音楽院に入学。カンタータ「放蕩息子」がローマ大賞を受賞しイタリアに留学するが集団生活に馴染めずパリに戻る。「黒猫」に出入りし、サティや若手芸術家たちとの交流が深まる。

1889年パリ万国博覧会でガムランの演奏を聴き、感銘を受ける。1894年「牧神の午後への前奏曲」完成。最初の妻リリーと結婚。1902年「ペレアスとメリザンド」が完成。妻と離婚。1905年に銀行家夫人エマと結婚、愛娘クロード=エマ(シューシュー)誕生。「子供の領分」を愛娘に献呈。3部作である管弦楽曲「海」、「映像」作曲。その後も管弦楽曲、ピアノ曲や合唱曲、歌曲なども作曲するが、1909年頃から癌が発症。1918年パリにて永眠。

 

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