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心理占星術は、もう一度自分に出会う、そして何度でも自分を知ることができるもの、とわたしは思っています。
知るということは、まだ見ていない場所に光を当てるということ。
知ろう、という意識を持ち続けることで、自分自身や相手をより深く理解することに繋がっていく。
そして自分でこれから歩んでいきたい道筋を作っていける、のだと思う。

以前、天空の星々が人間に影響を与えている、という考え方に惹かれ、西洋占星術を勉強したとき。
最初はその神秘に触れるたびに面白さを感じ、喜んでいたけれど、
次第に「この天体がこのサインに入るとこうである」、といったフレーズに窮屈さを感じてしまい、逆に、その通りではない自分はこれでいいのだろうかという苦しさが生まれていきました。

人は、星からの影響をただ一方的に受けるのみなんだろうか。
抗えないなら、知る必要なんてあるんだろうか。

そんなふうに思っていたから、心理占星術との出会いは、ぎゅっと圧縮されたところに風穴があいたような、そんな体験でした。

なかでも鮮烈だったのは、天体は生き物であり、常に一定の状態ではなく、私たちのように変化する存在だということ。
そして自分の普段光が当たる側面と、光の当たらない影の側面があり、ホロスコープを通して、そこに光を当てることができるということ。

陰には、自分でも気づいていなかった自分がいるというのと同じように、未知のもの、余白の部分が隠されている。
それはまだ発掘されていない才能や能力、新しい可能性といったものかもしれないし、逆に触れることを禁じていた心の闇かもしれない。
けれど光が当たれば、闇だと思っていたもの正体が明らかになって、恐れる必要がなくなるかもしれない。
あるいは慣れ親しみすぎて、特別だなんて思うことなく身についた能力に気付くかもしれない。

闇だって、傷だって、触れてはいけない壊れもののままではないし、才能ならば、気付いたのならいつだって使うことができる。

だから受け身の宿命論ではなくて、天体と一緒に日々成長していくという、伸びしろがある心理占星術は、自分の意識と適切な責任感を持って自分の道を進むための道しるべになるのだろうと、今、自分自身のチャートを見ながら、そう感じています。

そして心理占星術を学ぶ中で、自分にとって当たり前だった感覚、考え方、物事の捉え方が、実は当たり前ではない、ということに何度も気づきます。
ホロスコープを読むということは、自分自身には見えてない、この身に張り付いて自分の一部となったパターンを引っぺがす行為になる。

そのパターンの端切れは、
なぜ、わたし今こんな状態なんだろう、
なぜ、この仕事をこんな風に感じるのだろう、
なぜ、このことに対してこんな思いを抱いているのだろう、
と感じる奥にあるものに結びついていて、パッチワークのように組み合わさって、今のわたしを作り出している。

そこを紐解いていくのが面白いし、時には耳が痛いこともあるけれど、心惹かれる部分です。
自分であってもどんな人でも、同じものを求めて生きている、
ということをホロスコープから改めて知ることは、それぞれ複雑に違いを持つ人々みんなに親しみや魅力を感じる機会にもなるのだと思います。

この記事を書いたひと

鈴木麻美
鈴木麻美
1982年東京生まれ。
小さい頃から目に見えない神秘的な事柄や、宇宙といったものに心を惹かれ、心理占星術を通して、人との繋がりについて観察する日々を過ごす。趣味は手を使ってのもの作り、オイリュトミー。
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鈴木麻美

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1982年東京生まれ。 小さい頃から目に見えない神秘的な事柄や、宇宙といったものに心を惹かれ、心理占星術を通して、人との繋がりについて観察する日々を過ごす。趣味は手を使ってのもの作り、オイリュトミー。