「運命」、「第九」など9つの交響曲、そして32のピアノソナタに弦楽四重奏曲。
だれもが知る楽聖ベートーヴェン。
人生を芸術に捧げることで、自らに課せられた困難を生き抜き、時代に新しい風を送り込んだ作曲家。
音のない世界の中、苦悩を経て生み出された多くの作品たちは、聴く者たちの忘れかけられた魂の尊厳を呼び起こし、音楽家をはじめ、多くの人々に、今も多大なる影響を与えています。
http://www.wikiwand.com/is/Ludwig_van_Beethoven
時代は、偉大なる音楽の父・バッハが亡くなって20年が過ぎ、牡牛座の天王星、乙女座の海王星、山羊座の冥王星が、天でグランドトラインを形作る頃、ベートーヴェンは生まれました。
ベートーヴェンのホロスコープ分析
1770年12月17日の朝、洗礼を受けた子ヨガ協会の記録に残るベートーヴェンは、新月の16日生まれたとされています。
彼のチャートの太陽、月、水星は射手座に配置され、反対側の双子座に位置する火星が、引っ張り合うかのように、向かい合っています。
個人天体の重要な星々は、火のサインにあり、目に見えぬ精神や信念が彼の中の多くを占め、また天文学やインド哲学などの本を愛読し、高い教養を持っていたといわれます。
射手座の示す高き理想を思い描き、不屈の精神とも言える信念の強さは、
第九の4楽章「合唱」部分から痛いほどに感じられます。
閉ざされた美しい世界は、音の鳴る毎瞬、毎瞬ごとに純化され、私たちの心に訴えかけます。
雷が轟くような圧倒的な存在感を持つ1楽章、2楽章では鳥肌が立つほどに高揚し、3楽章では天にすべてを受け入れられているかのような、あたたかな包容力を感じるのです。
じっくりと聴くたびに、涙が浮かび上がり、生きていてよかったと思わせる力があるのです。
特に生演奏ではそれがより強く感じられ、当時と時代は違えど、この世にたった一人で生まれた魂を慰めるかのような、歓びを思い出させる普遍的な作品なのだと思います。
月は海王星とスクエアとなり、幼少期の体験は周囲の人々の感情によって大きな影響があったとことが示されています。
月自体は安定しているとは言いがたいですが、月の抱える思いをコンタクトしている水星が、太陽の目指す理想の清らかな世界を目指しながら、音楽の技術を高めていったことが伺えます。
そして20代後半のまだ若い時期から難聴の症状が始まり、30歳を迎えるころにはほとんど音が聞こえないほど悪化してしまいます。
若い音楽家にとって聴力を失うことの絶望感から一時自殺を考えるも、内なるものを表現し尽くすという、彼自身に課せられた芸術の創造が生命の危機を引き留めます。
聴力を失った彼はたびたび、ウィーンの森を訪れます。
「森の全能なるものよ!わたしは森のなかにいると、歓びにあふれ、幸福です。― どの樹木もおん身を通じて語る。おお、神よ!なんたる壮麗さ!
こういう森のなかに、丘の高みに、やすらい、やすらい。神に仕えるやすらいがある。」
彼の残した言葉からも伝わってくるように、多様な生物、植物が生きる自然の中を散歩することで、彼は新たな曲の霊感を得ました。
自分自身を、そして神という存在を信頼することで、彼は音楽に身を捧げ、委ねることができたのです。
失った聴力は、雑多な世界から彼を切り離し、純粋な精神と理想で守られた世界へと誘ったのだとも思えます。
内にある燃え続ける炎を、さらに勢いよく燃え広がらせるため、彼の太陽は音楽を意欲的に創造し続けました。
ベートーヴェンの音楽が、魂に訴えかけてくるように感じるのは、射手座である彼の太陽のコロナが、わたしたちの太陽に飛び火するように刺激を与えるからだとわたしは思います。
だからこそ、彼の音楽は威厳を感じさせ、人々の心の深い部分を揺さぶり、そして多くの指揮者が今日もタクトを振るのでしょう。
交響曲第9番
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)
1770年12月、ドイツ・ボンにて生を受ける。宮廷歌手の父のもとで教育を受け、14歳で宮廷オルガニストとなる。
1792年ウィーンに移るが、難聴が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。絶望感から、32歳の時『ハイリゲンシュタットの遺書』を書き記し自殺を考えるが、芸術への情熱から思いとどまる。
1804年に交響曲第3番を発表し、その後10年間にわたり、作曲活動に精を出す。問題を抱える甥カールの後見人となり苦悩するも交響曲第9番、『ミサ・ソレムニス』、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏を作曲。1826年12月に肺炎、黄疸も患い急激に体調が悪化し、1827年3月26日、肝硬変により56年の生涯を終える。葬儀は2万人もの市民が参列する。後にこの日は楽聖の日とされた。