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みずがめ座では、ものごとの本質を見出し、それを明らかにすることでヒューマニティーの向上を目指しました。

それは風のエレメントの最後のサインらしく、論理的で大局的な取り組みでした。

ただ、見出した本質がどんなに普遍的で有用だったとしても、理性のみに訴えかける論理や、一個人には遠いものとして聞こえてしまう大局論だけでは、実際により良い生き方を人々にうながし、ヒューマニティーを向上させることはそう簡単ではありません。

12サイン最後の魚座での願いとは、ヒューマニティー向上のその先にある、調和に満ちあふれるより美しき世界の実現にあります。

そのため魚座は、人々がよりよい生き方に向けた始めの一歩を踏み出せるように、彼らの心を動かすこと、具体的に言えば、すでに傷つき、第一歩を踏み出せないその心を癒そうとするのではないでしょうか。

人々の心を癒すために、魚座は時間や場所を超えて遍在する集合無意識とつながり、人々の心の奥底にある過去の痛みや現在の恐れ、未来の潜在的な苦しみの兆しを感じようとします。

恐れや痛みを自分のものとして体感した魚座は、今度は同じ無意識の世界の中からその恐れの抗体となり得る素材を引っ張り出し、自分も他人も区別なく人々を根源的に癒す何かを創造しようとします。

言わば、無意識の世界の中にある悲しみを探し出し、同じくそこから拾ってきた素材を自分という入れ物を通じて癒しに昇華させることで、集合無意識の感情的なバランスを取り戻し、人々がより良く生きるための心の土台を整えようとしているのです。

また、魚座が癒しを生み出すとき、その癒しとも一体化しようとし、体現し、それに殉じようとします。

「殉ずる」というのは極端な言葉に聞こえますが、何かの枠に収まることがなく超現実的とさえ表現できる海王星のエネルギーに支えられ、集合無意識という限りない創造の源泉を持つ魚座は、他の星座から見ると、癒しの創造に自分という存在のすべてを投げ出しているようにさえ映るのです。

今回は、魚座の太陽を持つルノワールと岡本太郎の作品を題材に、魚座が体現し、人々にもたらす癒しについてお話してみようと思います。

まずはルノワールの作品を2つご覧ください。

ルノワールについての書籍を見ると、たとえば「生命の讃歌」「幸福を描き続けた画家」のようなキャッチフレーズが付いていることが多く、簡単に言えば、誰が見ても美しい絵を描く画家だということは多くの意見が一致するところと言えるでしょう。

私自身これまでに100点ほど彼の作品を見ていますが、初めに持っていた印象では、深みやメッセージ性を持った芸術家と言うよりは、むしろどの家に飾るにも邪魔しないきれいな絵を描く職人さんというようなものでした。

しかし、日本画家の千住博氏が著書「ニューヨーク美術案内」の中でルノワールについて述べている箇所を読んで以降、ルノワールが創造しようとしていた芸術を通じた癒しが私にもだんだんと感じられるようになりました。

『色彩の魔術師』 ルノワールについての本を読むとたいていはこう書いてある。確かにに明るい画風の人物画をたくさん残していますね。しかし….こういうことを言っていいのかどうか迷うのですが、私自身、かつてはあまり心が動かなかった。(中略)
しかしこの甘さは何なのだ、とある日ふと思って感動してしまったのです。大戦の暗い影の差す当時のヨーロッパにて、ちょっとここまで甘ったるい絵というのは描けないもの。そう思ってみるとこれはとてつもない才能、と正直思い始めました。怒りや悲しみもすべてこのめちゃくちゃな甘さと言っていい世界観に置きかえていたのだとすると恐ろしくもあります。(中略)
どんな状態においても、すべてを超えて敵意を喪失させるくらいの底抜けの明るいメッセージがあります。絶対の正直に立ち戻らせるような、まさに平和創造の究極のプロセスです。すごく疲れている時、重苦しい気分になって助けが欲しい時、そんな時にルノワールの甘く温かい絵を眺めると、ほっとします。

千住氏も戦争について触れていますが、実はルノワール自身も従軍経験があり、彼の息子は第一次大戦で重傷を負いました。その頃の数々の戦争や動乱によって、財産や大切な人の生命まで失った人々の悲しみは大陸のいたる所にあふれていたでしょう。

加えて、当時はイギリスに端を発した産業革命の影響で、数多くの産業に機械化の波が押し寄せていました。ルノワールもわずか17歳にして、陶器の絵付け職人という仕事を失っています。
近代化が人類に多くの恩恵をもたらしたことは事実だとしても、社会構造自体が根本的に転換されつつある中、その変化に対する人々の心の内にある根源的な恐れが集合無意識に与えた影響は計り知れなかったように思います。

そんな時代を過ごしたルノワールは、自らの芸術的な信念をこのように語っています。

「私にとって絵とは、好ましく、楽しく、きれいなもの、そう、きれいなものでなければいけないんだ!」
「人生には不愉快なことがたくさんある。だからこれ以上不愉快なものを作る必要なんかないんだ。」

この言葉通り、上の作品に描かれている女性たちは、自分の幸せな運命に疑いを感じたことさえないような満ち足りた表情をしています。

彼の息子ジャンに道化師の衣装を着せて描いた次の作品も、子供特有のかわいらしさやイノセンスなどは見て取れますが、一般に道化師のモチーフで描かれる物事の表裏や心の奥にある悲哀といったニュアンスはまったく感じられません。

ルノワールは自分の経験や時代の空気から感じ取った痛みや悲しみ、言葉にはならなくともつきまとう不安を、自らが創造する光に満ち溢れた芸術で癒すことを切に願っていたのです。

彼の作品は生前から高い評価を得ていましたが、日本でも歴史的に最も人気のある画家のひとりです。

いまもルノワールの展覧会を待ち望むファンは多く、昨年日本を巡回した回顧展は、2016年美術展集客ランキングにおいて圧倒的なトップになったほどの人出でした。

私たち現代の日本人も、終わりの見えない経済的な衰退、増し続ける隣国との緊張感、頻発する自然災害や社会常識を逸脱した事件の数々など、かつてのヨーロッパの人々に負けず劣らずの痛みや不安を抱えています。

そんな憂鬱な気分からの解放を求めて、おだやかで甘い幸福感に浸れるルノワール展に多くの人が詰めかけたことは素直に理解ができることだと思います。

今後も時を超えて多くの人に癒しを与え続ける作品の数々を残したルノワールは、まさに自らの芸術的創造に殉じた画家でした。

生涯に残した作品の数は4,000点もあり、同じくらい長期間画家活動をしていたモネが残した2,000点の倍に上りました。

また、40代の後半からはリューマチに悩まされ、晩年には歩くこともできず、手は絵筆を握れないほどに変形し、それでも死を迎える直前までキャンバスに向かっていたという記録が残っています。

ルノワールの息子ジャンは、著書「わが父ルノワール」のなかで、当時の様子についてこのように語っています。

彼の手は恐ろしいほど変形していた。リューマチが関節を折り曲げ、親指は掌の側へ、他の指は手首の側に曲がっていた。見慣れていない訪問者は、この悲惨な光景から目を離すことができなかった。口にこそ出さなかったが、彼らが反射的に思ったのは「信じられない。この手でこんな絵を描けるなんて、まったくの謎だ。」ということだった。ルノワールそのものが謎だった。

不愉快さを排除し純粋に美しいものを求める姿勢、膨大な作品数、息子の目から見ても謎としか思えない超現実的な執念と存在。

まさに魚座的な癒しの創造と、海王星のエネルギーに支えられた、癒しに殉ずる燃え尽きることのない姿勢と言えるのではないでしょうか。

次に、岡本太郎の作品を見ていきましょう。

大胆な原色の配置、技巧的にというよりも情熱とともに引かれる線。

絵画や造形を含め、彼の作品はどれもビジュアルとして美しいとは言い難く、まるで原始的な怒りのような猛烈なエネルギーがこちらに向かって放射されてくるように感じます。

そのため、作品に対する印象はルノワールのものとはまったくの正反対に見えますが、岡本太郎もまた、人々の奥底にある痛みを感じ、自身の芸術的創造によって癒しをもたらしているという点では、魚座的にまったく同じだと私は考えています。

まず、岡本太郎が感じ取った痛みとは、どのようなものだったのでしょうか。

それは、「純粋性の傷つけられやすさ、失われやすさ」というものだったのではないかと私は考えています。

岡本太郎は幼き日に、歌人、小説家の母かの子の姿を通じて、この痛みを体感します。

「また一つ白歯を折らん いつわりをわれまた言ひぬ」

岡本太郎は著書「一平 かの子」の中で、かの子の歌のうちの好きなものとしてこれを挙げ、母について「稀有の無邪気さを生涯つらぬいた、童女のような存在だった」と語っています。

そんな純粋な感性を持ったかの子は当時新進気鋭の川端康成らから「鴎外、漱石級の作家だ」と高く評価されていましたが、新興勢力に対する文壇の敵対心によってその作品は生前に日の目を見ることは少なく、かの子の純粋な心は激しく傷つき、太郎もまた自分のこととして痛みを感じました。

「手放しの純粋さ、無邪気さは妙に心得た大人どもにはかえっていやみに感じられたりする。(中略)
岡本かの子みたいな無防備な人間が、生身で生きている間は、世間は絶対にそれを許さなかった。どんなに彼女に対して不当であり、非協力的、卑劣であったか。(中略)
そのたびに、幼い私は世の中の陰険なトゲに自分も傷つき、憤りと絶望を感じた。」
前出「一平 かの子」より

岡本太郎自身も全体主義的な戦前の学校教育や5年間の従軍経験、出る杭は打たれる日本画壇の村社会性によって、自分の情熱や思想の純粋性を保って生きることの難しさは痛いほどに感じていました。

そしてこの痛みは時代や場所を超えて遠いところからも聞こえてくることを感じ、著書「自分の運命に楯をつけ」の中では、同じ苦しみを持つ人たちへの共感をこのように表しています。

記録に残っていない、まったく無名の人物でも、素晴らしい、己をつらぬいた尊敬に価する人物はいっぱい存在したはずだろ?そういう人間の運命のほうに、ぼくは加担したい。

苦しくとも純粋に生きる人々の側へ共に立つために、岡本太郎は猛烈なオリジナリティを確立し、狂おしいほどのエネルギーを込めて、絵画、写真、文筆、パブリックアート、書、プロダクトデザインなど、ありとあらゆる作品を生み出し続けました。

なかでも、彼の作品には大阪万博のために制作された「太陽の塔」や、彼自身の墓碑の原型にもなった次の「午後の日」のように、太陽をモチーフとしているものが多数あります。

心理占星術的に言えば、太陽こそが「オリジナルな自分の人生を生きる」ということの象徴ですし、太陽が微笑みかけてくるようなこの像は、まるで「どうした、元気がないじゃないか?ぼくはいつだってここで純粋にいのちを燃やしているぞ」と言わんばかりです。

魚座が世界にもたらす癒しという観点から見ると、それはルノワールのようなやわらかなものではありませんが、岡本太郎にしか創り得ない芸術の純度を高め続けるその姿勢によって、彼はいわば仲間意識のような形で、純粋な生き方に挑む人々に癒しや勇気を与えているように感じます。

岡本太郎の作品集は1937年に当時の拠点だったパリで初出版されました。1970年の大阪万博以後は取り壊される予定だった「太陽の塔」は結局永久保存になり、上でご紹介した渋谷駅の巨大壁画「明日の神話」は2008年になって恒久展示が始まるなど、彼の作品が持つ、魂に突き刺さるようなメッセージは時代も場所も関係なく人々の心を打ち続けています。

彼の言葉を集めた書籍も2000年代にベストセラーとなり、亡くなるまで使い続けていたアトリエを一般開放している岡本太郎記念館や、画家自身による1,800点の作品の寄付によって建てられた岡本太郎美術館に訪れる人はいまも後を絶たちません。

作品のスタイルで言えばルノワールとはまったくタイプが異なりますが、岡本太郎も、時を超えた人間の苦悩に対し自身の創造でヴィジョンをもたらし、燃え尽きることのない海王星のエネルギーによってそれを体現し続けたという点では、魚座の特徴が最大限に発揮された姿だと言えるでしょう。
現実にも無意識の世界にも、まだ聞き届けられていない無数の叫びや苦しみが埋もれています。それらに幸福をもたらす善きものもまた、数限りなくそこに眠っています。

魚座は自らを通じた創造で、そしてその創造に殉ずることで苦しみを癒し、無意識の世界に平和的な調和をもたらします。無意識の世界を整え人々の心を癒すことで、より美しき現実が生まれることを願っているのです。

ルノワールと岡本太郎。芸術としてのスタイルは全く違いますが、二人の作品や生き方には、魚座の才能が共通して鮮やかに発揮されているといえるでしょう。

この記事を書いたひと

丸尾陽介
会社経営のかたわら、2015年より心理占星術を学んでいます。
2016年には国内外で延べ70館以上をまわった趣味の美術館めぐりがきっかけでこの記事を書いています。
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丸尾陽介

会社経営のかたわら、2015年より心理占星術を学んでいます。 2016年には国内外で延べ70館以上をまわった趣味の美術館めぐりがきっかけでこの記事を書いています。