2022 牡羊座の言葉  坂口恭平 ┃いかに生きるかをあらゆる角度から真剣に実験し、思考、試行し立ち向かう

心理占星術家nicoが選んだ今月の言葉は…

 

 

 安住することはできないけれど、移り変わるけれど、恐れはまったくありません。恥もありません。自分を飾ろうという思いもありません。でも自分を心から守る気でもいます。だからといって駄目なところを隠そうとは思いません。隠すことでは守れないからです。正直でいること、素直でいること。丸裸でいること。それが一番楽だから、それをやっているのです。僕は今、とても楽です。

 その人たちにとっての正直とは何か、素直とは何か、それが僕は電話をしていると、見えてくるみたいです。もちろんやり方は簡単です。こちらがそのような正直な目で真っ直ぐ見ればいいだけです。こちらが何か隠したら、相手も隠します。これが僕の治療の方法であり、対話の方法であり、経済の方法であり、自然との接し方であり、生き方そのものです。

斎藤環/坂口恭平 著いのっちの手紙」より

 

牡羊座の言葉

坂口 恭平

1978年13日、熊本市生まれ。牡羊座に太陽と水星をもつ。

建築家、作家、アーティスト。2004年に路上生活者の住居を撮影した写真集「0円ハウス」を刊行。以降、ルポタージュ、小説、思想書、画集、料理書など多岐にわたるジャンルの書籍、そして音楽などを発表している。201110日には、福島第一原子力発電所事故後の政府の対応に疑問を抱き、自ら新政府初代内閣総理大臣を名乗り、新政府を樹立した。躁鬱病であることを公言し、希死念慮に苦しむ人々との対話「いのっちの電話」を自らの携帯電話(09081064666)で続けている。『独立国家のつくりかた』『現実脱出論』『お金の学校』など著書も多数出版。

 

 

 

 正直、占星術をやっていて、これほどつまらないものはないと思うのが、一般に出回っている星占い12サインブックのようなものだ。サインとその支配星のイメージを結びつけ、ひたすら、永遠に、終わりなく、「〇〇座の人はこんな人」を書き連ねている。それがまあ当たらない。たとえ当たっていたとしても「で?」「それが何?」という当てることの意味のなさ、空虚さを感じてきた。だから、そうでない12サインの形を表現したいと思い、この「今月の言葉」を書き続けているわけだけれど、そういった「まあ当たらない」を一番目の当たりにしたのが牡羊座である。

 

 「当たらない」とまた違うかもしれない。「誤解されている」というか、「正しい表現ではない」と感じることが本当に多かった。

 自己主張が強い、競争意欲が高い、負けず嫌い、前のめり、見切り発車、行動が空回り、人と一緒より孤独が好き…

 

 本の中には、支配星の火星にちなんだ(ようにみえる)ボキャブラリーが並んでいる。でも多くの人たちは気づいているはずだ。そんな極端な牡羊座に会ったことがないと。たしかにそういう側面も無きにしも非ずなのかもしれない。けれど、これらは牡羊座にとって重要な要素ではない。というか、こういった言葉で括ってしまったら、牡羊座のことを深く理解する日はこないだろと思う。

 星占いレベルならいいのかもしれない。けれど、心理占星術的には、それでは本当にもったいないと思う。ただ並んだボキャブラリーだけで分かった気になっているようでは、繊細で優しく才能豊かな、愛すべき牡羊座の大事な本質に近づくことはできないだろう。

 真に理解したかったら、やはり太陽を命がけで、真剣に生きている人たちの生きざまに触れることだ。

 

 坂口恭平氏のように掛け値なしで自分を本気で生きようとしている人の、そのエネルギーに触れることができれば、牡羊座の人たちが驚くほど、自己の輪郭を持っていないこと、その輪郭が持てないがゆえに人の痛みを自分の痛みのように引き受けてしまうこと、だからこそ、時にヒーローのような牡羊座が出来上がること、そうでなければ、時々訪れる躁鬱の状態に脅かされることもあるだろうということ、そういった繊細で壊れやすく、けれど何か可能性というエネルギーに満ちたパーソナリティの持ち主であることに気づくことができるかもしれない。

 彼は、私にとってまさに牡羊座のヒーローのような人物の一人だ。その一挙手一投足が牡羊座=火星そのもののようで、火星サイクルプロジェクトをやっている私としては、彼の生きざまは火星を考える上での一つの指標となっている(そして、多くの牡羊座太陽の持ち主から、彼を生きる目標としているのも聞いている)。つまり、「虚無からの形成力」「寄る辺ない世界を生きること」「ただ生きること」をまさしく体現する人物だということだ。

 

 彼は書く。

 僕は意欲のまんまに動くことを優先します。何よりも優先します。なぜならそれ楽しいからです。喜びを感じるからです。だからこそ、誰からか批判されても気にしないのであって、金にならなくても気にせず、しかも、喜びを原動力に作り続けるのだから売れるはずだということも知っていますし、たとえ一人になっても刑務所に入っても金がなくなっても作り続けることを知っています。知っているので信じる必要がありません。

 僕は、自分なりに生きていく、ということがどういうことかを、その道を進んできて、見つけたというのか、完全に覚悟ができたんだと思います。ここまで長い道のりでしたが、だからこそ、躁鬱病も治癒したのだと思いってます。そして、このように生きる道を見つけることは僕にも誰にでもできることだし、むしろ、誰もが試さなくてはならない試練だと思っています。

 だからこそ、安心安全に守るのではなく、いかに生きるかを、精神論だけでなく、あらゆる角度から真剣に実験し、思考、試行し立ち向かうことが、恥ずかしいことでも馬鹿みたいなことでもなく、それこそが生きることだ、と僕はまっすぐ電話の向こうの人に伝えなくてはいけないと思ってます。

 

 牡羊座とは、とにかく「生きること」「いかに生きるかをあらゆる角度から真剣に実験し、思考、試行し立ち向かうこと」が重要なサインであることが改めてわかるだろう。

 そして、大事なことは、なぜここまで「生きる」ということに真剣に向き合わなくてはならないのかというと、「生きる」ということが上手くないことを知っているから、生きるということは試行錯誤の連続であり、見よう見まねの体験であり、喜びであり闘いであることを知っているからである。

 

 牡羊座=火星のエネルギーに触れていると、「生きる」ことそのものこそ、実際は奇跡のようなことであること、それが素晴らしい体験であることがわかるし、そして世界は自分が「生きる」ことに対して肯定的であり、だから周囲のものはすべて利用可能であり、人々はいつでも自分の味方である。そういった世界に対する喜びを手放さず、むしろ、その喜びが守れるようなやり方を自分で作り出すことができれば、つまり、正直でいること、素直でいること。丸裸でいることが可能な場づくりさえできれば、彼の言葉を借りれば、「今、やれると思ったことは必ず今、やれるのです。今、やるための準備が整っていないのではなく、やれると思ったときに、本当は全てやれるのです」となるのだろう。

 

 だから、つまり牡羊座ほど平和を望むサインはないということになる。好きなこと、好きなもの、好きな人に囲まれていることが、牡羊座の生きる条件、健やかさと素直さの条件になるということだ。

 

 そして、私たちは今、まずこのような生き方を整える必要があるのかもしれない。こんな不安要素が押し寄せるしかない時代を生きるためには、貯金残高を増やしたり、おうち時間を快適に整えたりするよりも、また「あくまでも、徹底して、僕自身が自分の経験で見つけたことで、それはマインドフルネスというような言葉にまとめられるものではない」やり方、「むしろ、誰もが試さなくてはならない試練」としてその生き方を模索し続けるしかないのだろう。

 

 最後にひとつ彼の言葉を紹介して終わろう。

 

 僕は幸福でした。僕はずっと幸福だったとしか思えないのです。そして、そんな人生は僕だけの特別なことなのでしょうか。僕はそうも思っていないのです。人々もまた幸福のことを知っているということを僕は経験から確かに感じてます。僕は素直に人々が幸福のことを忘れていないということを呼び覚ましたいと思っているようです。それが僕にできることであり、死ぬまでにやり続けていたいと思うことなのです。

 

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