2024 魚座の言葉 藤原新也┃人と軋轢を生み、自分が傷つくことを恐れず、心を大きく育てる

      アポロンの竪琴

2024 魚座┃藤原新也
人と軋轢を生み、自分が傷つくことを恐れずに心を大きく育てる

自分の理想=太陽を生きるためには、何が必要なのだろう。

著名人の言葉から12の太陽サインの生き方を考える「アポロンの竪琴」。

水星神ヘルメスが発明した太陽神アポロンの竪琴の神話をご存じですか。太陽の理想や意図は、水星という竪琴=言葉があるからこそ美しい音色を奏でることができるもの。太陽の言葉=アポロンの竪琴のメッセージに耳を澄ませてみてください。

あなたの生き方、働き方のヒントを受け取ることができるかもしれません。

心理占星術家nicoが選んだ今月の竪琴
魚座・太陽の言葉は…

コロナ禍の今は非接触の時代といえる。人は他人と接触しあつれきや葛藤を経ることで、経験値を積み脳が鍛えられていく。それによって不測の事態に判断できる地頭、生き抜くための力が育まれる。僕はこの50年間、接触だらけできた。異文化の見ず知らずの人とどう関わっていくかをやってきたわけだ。コロナ時代は人との接触を遮断し、鍛えられるべきものが鍛えられない状況にしてしまった。異様な生活が丸3年続いたのだから、どういう形かは分からないが今後必ず、”後遺症”が出てくるだろう。

特に今の若い人は、人とあつれきを生み、自分が傷つくことを恐れている。若い人を見ていると、仲が良すぎるなと思う。会話の調子を合わせることが先行して、自分の考えを述べずにすぐに返答している。

2023年1月11日東京新聞』インタビューより

魚座の言葉

藤原新也(ふじわら・しんや)
1944年3月4日福岡県生まれ。太陽と水星を魚座に持つ。

写真家、作家。
著書に『印度放浪』『全東洋街道』『東京漂流』『メメント・モリ』『黄泉の犬』『日本浄土』『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』『死ぬな生きろ』『書行無常』ほか。

 毎月一回、著名人のチャートを見ながら、その人物の才能の活かし方、生き様に触れることを行っている「生き方・働き方研究会」は、今、私にとって占星術における創造性の源泉になっている。
 このチャートから、あの作品が生まれるのか! それならば、このマイナーアスペクトは、このようなエネルギーとして読むことが可能なのではないか?
 
 毎回、そのように頭をフル回転させながら、宮崎駿、小澤征爾、丹下健三など巨人たちのチャートと格闘しているが、彼らのチャートを読むには、思いっきり大胆に、思いっきり純粋に向き合い、食らいついていかないと、途中で弾き飛ばされてしまう感じがする。その緊張感がたまらなく楽しい。

 でも、そのように思えたのは、つい最近かもしれない。それまでは、チャート上に、またはミッドポイント表上に示された象徴を淡々と読んでいただけかもしれない。彼らの苦悩も、情熱も、欲望も大して理解しないまま、「はい、これが才能ですね」と分かった気になったように読み、わかった気になったように解析する。

 まったく恥ずかしい限りである。けれど、この研究会の中で、どんな職業であれ、間違いなく自分という存在を余すところなく生きている人物のチャートに触れるにつれ、「自分を生きるとはどういうことか」ということを深く学ぶことになり、ようやく私のいい加減な姿勢に喝が入った。もっと真摯に向き合わないといかんぞと。生き方働き方を考える職業占星術講座の講義の一環として行うモニター鑑定で一般の方たちと触れ合ったことも、私の刺激になったと思う。

 人は、自分をちゃんと生きたいのだと。

 人は、自分の能力をとことん生かしてみたいのだと。

 前置きが長くなったが、そのようにして私は日々、巨人たちの仕事ぶりの、もしかしたらかなり深いところまで入り込むことができる(ような気がする)心理占星術の技術を使い、できれば巨人の肩に立ち、できる限りいい仕事がしたいと思うようになったというのもあり、この「アポロンの竪琴」もその延長で丁寧に向き合おうと思うようになれた。

 といっても、私の仕事は常に「実験的」でありたいと思っている。よりよい考え方があるなら、それを積極的に皆さんと共有していきたい。そして、できれば「アポロンの竪琴」はその最たるものとして、よりチャレンジングに読んでみたいと思う。だから、「こう読まなければならない」という正解の提示の場ではないということをお断りさせていただけたらと思う。

 ということで、2024年魚座期の「アポロンの竪琴」は藤原新也。彼の作品と出会ったのは、30年以上前になるだろうか。多くの藤原新也ファンが間違いなく同じことを口にするであろう、彼の作品は、私の「旅」に対する憧れを刺激し、「写真」に対する既成概念を覆し、世界の見え方を驚くほど豊かにしてくれた。

 私も自分の旅をしてみたい。思春期の私は、彼の作品を通してそのように強く欲望することになった。

 そういった歴史がありつつ、今回、上記の言葉を選んだのは、私の好みというよりは、魚座というサインを再考したいというのが狙いである。

 本当は、ティーンの私をビビらせた以下の詩を言葉に選びたかった。

しおれ、悲しみ、滅入り、不安を抱え、苦しみにさいなまれ、
ゆらぎ、くじけ、うなだれ、よろめき、めげ、涙し、孤独に締め付けられ、
心置忘れ、打ちひしがれ、うろたえ、落ち込み、夢失い、望みを絶ち、
……あとは生きることしか残されていないほど、
ありとあらゆる人間の弱さを吐き出すがいい。

著書「メメント・モリ」より

が、今回は、学習の一環として、冒頭の言葉を皆さんと考えてみたい。
先日、生徒さんからエレメントについて、以下のような質問を受けた。

Q
水は未知なる世界への探求や旅のイメージはある程度理解できました。
火も獲得の欲求を始め、探求や旅のイメージがありますが、これは、水は陰サインなので内的な感情を伴った探求や旅で、火は陽サインなので外的なものを探し求める旅の違いみたいなイメージでよろしいでしょうか?
A

火エレメントの運動は上昇で、水エレメントの運動は水平。運動の向かう方向が違うので、私は物理的に旅をするのは、陰サイン=水エレメントと考えています。

陽サイン=火は精神性を求め、陰サイン=水エレメントは、物理的な環境を求めるはずです。実際の居場所の水が濁ったり、気分が委縮したり、退屈したりしたら、居ても立っても居られなくなる。だから、未知なる世界を求め、旅に出ると思うのです。

 水エレメントの解釈をもう少し膨らませてみよう。火地風水のエレメントの要素をイメージしてもらうとわかるとおり、実際に触れて、実感できるのは「地」と「水」。火は温かさを感じることはできても実際に触れることはできないし、風は向こうからやって来た時に実感できるものであり、そして恐らく、風の気持ちの良さを感じることよりも、風を防ぐことのほうが生存としては重要である。

 雑な議論ではあるが、水エレメントは実際に触れること、実感すること、体験することが重要であり、その中で心の豊かさが育つものだということ。火エレメントと違って、自分の中で燃やし、成長するのではなく、水エレメントは、たとえ自分の水が濁り、異物が混入し、気持ちの悪さを感じることになったとして、触れ合い、溶け合うことでしか、水=心は成長しないのではないか。

 水エレメントを意識したとき、また自分の心の成長を意識したときは、ぜひこの藤原新也の言葉を思い出してほしい。「人とあつれきを生み、自分が傷つくこと」を恐れず、自分の心を大きく、大きく育ててほしいと思う。

魚座の太陽 ~アポロンの竪琴